MY KIND OF BROADWAY
1968年の春に大学に入学した私は、最初、KMPというバンドに入部したのです。いきなり2ndTPを任され、いろいろ演奏した中に、A Lot Of Living To Doという曲がありました。Bucket Muteを着けた2ndTPがサックス・セクションをリードしてSoliをやるのです。
当時サックス隊を率いていたのは、先日このブログにもお名前が登場したMOGさんでした。まだ19歳で初心者の私に、この曲のSoliをリードするにあたり、3連やシンコペのノリ方をとことん教えてくれたのがMOGさんです。ダイマル(?)さんがピアノ、SweetieさんがDrs、ボントロにはMTBさんや、現在某○○堂社長のMDAさんなどがいました。
そして、このLot Of~が収録されているのが、このアルバム「MY KIND OFBROADWAY」というわけです。実はある理由で30数年ぶりに、このCDを銀座の山野楽器で購入することになったのです。(山野さんのビッグバンド・コーナーは、おそらく日本一充実してますよ)
久々に聴いてみてびっくりしたのは「音の良さ」です。”ビッグバンドというのは、こう録って欲しい!!”という具合に、アレンジも含めて見事な仕上がりを見せています(1964~65年の録音のはず)。
久々に聴いてみてびっくりしたのは「音の良さ」です。”ビッグバンドというのは、こう録って欲しい!!”という具合に、アレンジも含めて見事な仕上がりを見せています(1964~65年の録音のはず)。
もうひとつのビックリは、Trumpetがなんと8人も参加していることです。ウディ・ハーマンは通常5名のトランペット・セクションで編成されていますが、このアルバムでは、ある種の効果を狙ってか、8名のTP軍団が鉄壁の戦列を組んで迫ってきます。
さて、そのTP軍団を率いるのが、あのビル・チェイスです。リード・トランペットのビル・チェイスをフィーチュアしたナンバーは数少ないはずですが、このCDに収録されている「SOMEWHERE」は、ハーマン・バンドもライブなどでは好んで取り上げていたようです(知る限りでも2つのライブ・テイクがリリースされています)。
もうお気づきだと思いますが、このアルバムはブロードウェイ・ミュージカルの名曲を集めた企画で、SOMEWHEREは、そう、West Side Storyからのナンバーです。そして、このSOMEWHEREを、LHOのリードTPである不肖私も、LHO結成以来の封印を破り(?)ビル・チェイスにあやかって演らせていただこうというのが、山野楽器にCDを探しに行った理由です。
前述の19歳の頃も、Lot Of~以外に、このSOMEWHEREも演っていました。ただ、前半のテーマを2ndの私が吹いて、サビのハイトーン部分からは当時のリード「ITGKさん」が受け持っていました(譜面上、そうなっていた)。つまり、私は何としてもこの曲をリードTPとして完走(奏)してみたかったんです。ビル・チェイスのように(笑)。そんなわけで昨年、アレンジ・コピーをし、LHOでも練習させてもらってます。
スコアを作っていて感じたのですが、このSOMEWHERE(というかアルバム全体のブラス・ワーク)に、すでにビルが「CHASE」結成に向かう動機がうかがえるような気がします。交錯するトランペットのジェット気流のような音列、8人が上下に分かれて肺機能全開の強力なオクターブ・ユニゾン、どれをとっても、このレコーディングによって彼は、CHASEの構想を考え始めたとしか思えません。そんなアルバムなのです。
例えば、SOMEWHEREのクライマックスにある、TPセクションのこんなクダリ...。
これは、私が聴こえてくる音のイメージで(5TP用に)楽譜化してますので、オリジナルとは少々異なると思いますが、こうして見るとCHASEの原点はやはりここに在り!!かな?
これは、私が聴こえてくる音のイメージで(5TP用に)楽譜化してますので、オリジナルとは少々異なると思いますが、こうして見るとCHASEの原点はやはりここに在り!!かな?
そのビル・チェイスも1974年、ツアー中の墜落事故で亡くなってしまいました。彼の愛器「Schilke B6L」は、ベルや管体が折れ曲がった状態で発見され、マウスピース(Jet Tone)と共に、今でもアメリカの某所で大事に保存されています。
会社に入った年に、CHASEが来日し、仕事の関係で羽田国際空港(当時)に出迎えに行きました。手荷物は何もなく、黒のソフトケースに入ったトランペットだけを小脇に抱えて出てきたビル・チェイスの笑顔を今でも憶えています。あの時の武道館公演はちょっと空席が目だってたんですよね。ああ、もったいない...。昔のLin Biviano(C. Basie Band)の、野太く、老獪で、粘度の高いリード・ワークも好きですが、最近また、Bill Chaseの、清清しい、キレのある、乾いた感じのリードが肌に合うようになってます。やっぱリードはこうでなくっちゃ、という見本ですかね。
LHOのSOMEWHEREは、6月のBRBあたりからご披露させていただこうと思っておりますが、3分20秒で、アッという間に終りますので、しばし皆さまのお耳を汚させてくださいませ(笑)。そして、最高音域のLDTPだけではなく、最低音域を受け持つバストロ佐藤くんをフィーチュアしたバディ・リッチの「WAVE」もご期待ください。凄いよ、これは(笑)。
LDTP☆さいとう
LDTP☆さいとう


●A Lot Of Living To Doは当時のライトも全く同じコピー・アレンジで演奏していました。学生バンドが演奏出来てサマになりそうな曲なんて、そう沢山のあった訳ではありませんから重複するのは仕方ありません。KMPで思い出しましたが、私が在学中に2回程ライトとKMPのピックアップ・メンバーでフルバンドを組んで演奏したのを憶えています。モグさんリード・アルトが率いるSAX陣!あの時は燃えたなあ!!LDTPは何番を吹いていましたっけ?
大体一つの大学に公認のフルバンドが2つもある事自体がおかしいんですね。当時はそれでも「シゴト」が山ほどあったから成立していましたが、現在のフルバンドをとりまく諸事情から言って、統合すべきだと思います。今や、それぞれ60年と40年を超える歴史を持つバンドですから、長老たちの猛反対は目に見えるようですが、少なくてもコンテストや三田会などのオフィシャルな機会だけでも「大連立」で臨むというのが良いのではないかと・・
●Chaseですか!一世を風靡しましたね。当時の歌番組のバックバンドのラッパは大変だったろうなあ。「恋の追跡(ラブ・チェイス)/欧陽菲菲」「古い日記/和田アキ子」「激しい恋/西城秀樹」・・・みんなChaseです。
●LDTPはモンダタイシタだなあ。毎日吹いているプロならいざ知らず、吹く機会はせいぜい週1回程度で、もうじき還暦のラッパ吹きですからねえ。SOMEWHEREは例えば10mのパー・パット、又は10キロのヒラマサを3号ハリスでやりとりするのよりも難易度が高い思いますが、志願して譜面を起してのチャレンジです。毛細血管が切れないことを祈ります。当時のライト関係者で卒業してから驚異的に上達したのは、LDTP,HRYM:TB,ARI:WBの3人です。
それにしてもSOMEWHEREのコーダが終ると6/8拍子でリズム・メイクしてSometheing is Comingに行きたくなるのは私だけでしょうね(笑)
投稿: LHO橋本 | 2008年3月14日 (金) 10時25分
●KMPとライトのピックアップ・バンドで一度、静岡のどデカイ体育館で演奏したのを憶えてます。Oliver NelsonのNight Trainとか演りましたっけね。橋本さんの文字通り機関車のようなDrsには正直感動いたしました。私はたしか2nd吹いてたと思います。あれはDream Bandでしたね(笑)。
●2つのバンドの「大連立」には大賛成です。東西ドイツ統一、横浜F・マリノス、三菱東京UFJ、と、これは世の趨勢ですよ(もちろん前向きの意味で)。
投稿: LDTP | 2008年3月14日 (金) 11時27分
モグさんには、代々木NARUの山口真文カルテットやピック・アップ・フルバンド等で大変にお世話になりました。
当時「四大ドラマー世紀の対決」とか「大学四大ギター・バトル」とかが流行でしたが、それ風に「超学生級三大アルト・サックス」と言えば山口真文、中川昌三、苫米地義久になるんでしょうね(敬称略)。プロになった方は何故かアルトを吹かず、山口さんはTS,SS、中川さんはFLの専門職になったというのも面白いです。それぞれ理由があるんでしょうね。
投稿: LHO橋本 | 2008年3月14日 (金) 15時42分
>「音の良さ」です。”ビッグバンドというのは、こう録って欲しい!!”
確かに良い録音ですね。私は三十数年前に試聴盤を中古屋で見つけて買って持っていました、愛聴盤の一つです。Tpには東欧の名手Dusko Goykovich、そしてBobby Shewなども入っていますね。
では、LHO大阪公演でのご披露期待しています。
Somewhereもいいけど、LDTPの演奏といえば、Miss Fineでしょう。2ndTpのあの見事なソロ。これも演奏して欲しいなぁ。でも、LDTPさん1st TPか。
>ライトとKMPのピックアップ・メンバーでフルバンドを組んで演奏したのを憶えています。モグさんリード・アルトが率いるSAX陣!
私は、聴いていましたよ。その曲はたしかIn A Mellow Toneだったと思います。ドラムスのLHO橋本氏も凄かった。まぁ、空前絶後のバンドでしたね。
私も、E年のとき一回だけSK戦の前夜祭”RALLYでKMP・LIGHT合同バンドで演奏したことがあります。たしか東京都体育館でした。LHOの謎の宝石商、LDTPさんもご一緒だったと思います。とにかく音が回って回ってものすごくやりにくかったこと覚えています。
>今や、それぞれ60年と40年を超える歴史を持つバンドですから、長老たちの猛反対は目に見えるようですが、少なくてもコンテストや三田会などのオフィシャルな機会だけでも「大連立」で
おっしゃるように統合は難しいと思いますが何かの機会に「大連立」は面白いでしょうね。でも、我々のように地方だと数が少ないので仲良くやってますがOB Bandになってもそれぞれの出身バンド毎に集まり、あんまり「連立」してないようにも思いますね。
関西でそのうちもう少しメンバーが増えてきたら「大連立」OB BIG BAND立ち上げたいなぁと思っています。
関西でRicoバンドを組んでいますが、そのビブラホン奏者のN西さんが在学中”Five Brothers”というバンドを組んでいたそうです。あのLIGHT OBのO野さんもピアノで参加していたそうです。その方がおっしゃるには「ずいぶん演奏会だパーティだとあれだけ活動したけれど、クラブ組織でなかったからなんにも残っていない。SweetieみたいにKMPだ、MTBみたいにLIGHTだといって連綿として続いているのはホントに羨ましい」と言っています。
確かに、我々のように常に帰っていくバンドがあるというのは、羨ましいことなんでしょうね。
投稿: sweetie | 2008年3月15日 (土) 11時58分
理子ちゃんと言えば、大阪本社へ栄転だそうで良かったです。
本人にとって7年間の東京暮らしは、長かったのか、短かかったのかは判りませんが、歌に演奏に優雅さと風格を身に付け、文字通り故郷に錦を飾る事になりましたね。
LHOとの7月BRBと9月軽井沢には出演すると言っていますが、マヌエラのダイマルはショックだろうなあ。なんせワンフのオジサマ方にはすこぶる評判が良くて集客力、ナンバーワンだったですからねえ。
投稿: LHO橋本 | 2008年3月16日 (日) 18時06分
Sweetieさん;
Miss FineのJoe Newmanのソロは今でも暗譜してますよ。それも、歌詞つけて歌えるくらい(笑)。Live Versionの方も、もちろん吹けます。そういえばLHOの名2nd:JATPも暗譜してました。この曲のソロやってた人、多いんですね(笑)。最近は昨日の昼に何食べたかも忘れてますが、若い頃に覚えたものは死ぬまで忘れないようですね。
投稿: LDTP | 2008年3月17日 (月) 10時41分
折婆寝損楽団のLive from Los Angelesですね。
Down by the Riversideもやったなあ。私は今日の朝飯も憶えてないですが・・
他にもフルバンドの新譜が沢山ありました。ざっと思い出すだけでも
Swingin' New Big Band (BR)
Big Swing Face(BR)
Live at the Village Vanguard(Thad/Mel)
Monday Night(Thad/Mel)
Central Park North(Thad/Mel)
This Time By Basie(CB)
Sinatra At The Sands(CB)
Broadway Basie's...Way(CB)
ケンオジにコピーを頼んでも間に合わなかった訳です。
国内でも
3210(♯&♭)
パースペクテイヴ(New heard)
まさに全盛時代ですね。
投稿: LHO橋本 | 2008年3月17日 (月) 13時01分
折婆寝損楽団にMississippi Dipっていう曲がありましたよね。どこのバンドもやってて、プロではH野さんも当時アルバムに収録してました。Gのブルース・ロックです。大学1~2年の頃、M十郎さんに頼まれてハイソのトラで赤プリで吹いたのを覚えてます。美味しい箇所はオクターブ上げで吹いてましたが(笑)。
投稿: LDTP | 2008年3月17日 (月) 14時30分
Miss FineのJoe Newman私も歌えます。サックスソリもね。BJOの練習帰りの車の中でよくMTBと一緒にCD聴きながら合唱してます、Lot Ofもね。
どちらかの曲大阪公演でやってほしいなぁ。
Mississipi Dipなんてホント懐かしいな。一時期流行ったジャズロック!よく覚えてます。でも私なんか、話してるうちに何話そうか忘れたりしてますよ。
ところで、スポーツクラブはOBになっても交流戦を結構やったり何かと盛んですが、文化関係、Band関係はとんと聞かないですね。でもって、LHOの関西遠征の際KG大学との交流を企画しています。このあいだThe Shiny BacksというKG・OB Bandのバンマスと話をして、具体的に進めています。これがきっかけとなって、二年か三年に一回くらい東西交流ができるといいなぁと思ってます。
Ricoさん、本社勤務で大阪に帰ってきても、そのうち今度は、本社が東京に行ってしまうかもしれませんよ。
投稿: sweetie | 2008年3月17日 (月) 20時22分