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2011年4月

2011年4月23日 (土)

ケンオジさんの思い出

4月16日、ライトのOB中川賢二(ケンオジ)さんがご逝去されました。5年前に手術を受けるも薬石の効なく・・と初めて知り一同大変なショックを受けました。同時に手術を受けた事を誰にも口外しなかったという事は、いかにもケンオジらしいとも思いました。OB会名簿には昭和42年卒とありますがその辺が非常に複雑で、少なくとも私が45年に卒業するまではライト現役として在団し編曲などの面倒を見ていただきました。とにかくライトとジャズが大好きで、後輩の無理な注文も断り切れなかったのではないかと思います。

楽器の演奏も多才でTB,PF,Bと何でもこなしました。ポジションに空きが出ると、気が付くとそこに座ってニコニコ笑いながら演奏されていました。ケンオジの怒った顔などは一度も見たことがありません。先輩後輩の別なく誰からも愛される存在でした。

卒業されてからは編曲家として活躍される一方、渡邊貞夫、八城一夫等とともに恵比寿にあったヤマハ音楽振興会の講師をつとめ、萩田光雄、船山基紀、林哲司、佐瀬寿一といった音楽家を世に送り出しました。LHOの座付きアレンジャーとして編曲をお願いしている石倉重信も合歓音楽院、中川スクールの卒業生です(敬称略)。

ケンオジに初めてお会いしたのは私が大学入学時のオリエンでした。日吉のライトの演奏を見に行ったらケンオジがベースを弾いていました。ステージにDRはセットさてれいるものの何故か当時のレギュラードラマー森山さんが欠席でした。入部受付の場所に行って多少経験がある旨を話したら先輩方が今ステージで叩けと言う。フルバンドの曲など知らないし譜面も読めないので出来ません、とお断りしましたが聞き入れてもらえずセットに座らされました。確か2曲やらせてもらいましたが、今でも憶えているのはハリー・ジェイムスの「サンデー・モーニング」というブルース。途中に何回かリズム・ブレイクがあるのですが、判らずブレイクせずに叩いていると突然ハイハットが動かなくなりました。見ると隣でベースを弾いていたケンオジが手でHHシンバルを掴んでいるのです。「お休みだよ」とニコニコ笑いながら。それまではライトに入ろうかKMPに入ろうかと躊躇していましたが、そんな「ケンオジHH手づかみ事件」がご縁でライトに入部する事になりました。

入部すると早速ケンオジから若手にお呼びがかかり、日曜日はほとんど毎週蒲田のお宅の応接間に楽器を運び込んで練習をしました。ライトだけでなくカルアや他校のボーカリストの面倒も見ていて毎回色々な方達が遊びに来ていて楽しく練習せていただきました。その中に東京女子大のピアノ・トリオの面々がいました。そのDRが後にケンオジの奥さんになる美知子さんでした。

お通夜は4月21日に行なわれましたが、集まったライト、カルア、他校のOBの方々は享年67歳という早すぎる別れを惜しんで思い出話が尽きませんでした。

中川賢二先輩、本当にありがとうございました。お世話になりました。心からご冥福をお祈りいたします。

     

           合掌    

           LHO:橋本

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